** Enjoy Bicycle Life32! **

「尾張名古屋は城でもつ!」金鯱輝く名古屋城!

2007年11月 名古屋城〜中村公園へ父子サイクリング!

我が息子の良太くんは長年愛用して来たキッズ用自転車が最近パンク続き、錆だらけとかなり酷い状態に・・・。まわりの友達は高学年になって多くがMy自転車新調したということもあり、以前より新車更新リクエストが出ていた。賢い良太くん、金欠の父親では話が進まないと判断したか?・・・いつの間にかおじいちゃんへ上手く打診。じいちゃんとしては「待ってました!」の即答状態!まんまと良太くんの術中にはまり新車購入資金献上!良太くん、お気に入りの新車を買いに行きご機嫌状態だ!

こうなると、やはりサイクリングに繰り出したくなるのは自然の流れだ。あいにくの天候で、今にも雨が降って来そうな感じだったが、いつもと違って「大丈夫、降らないよ!行こう!」とノリノリのサイクリング気分。早速、良太くんの新車試走をかねて久しぶりの父子サイクリングへ出発!名古屋のシンボル「名古屋城」へ向かう。試走としては丁度良い距離だ。横を走る新幹線と競争するように絶好調で飛ばして行く良太くん!よほど嬉しいようだ。そりゃそうだ。最近のキッズ自転車はすごい。ライトは暗くなったら自動点灯。速度、距離、累積距離等々本格的な計測までしてくれる。でも息子よ、パパの子供時代はもっとすごかったんだぞ!スーパーカーライトだったもんね。今更はりあっても仕方ないが・・・。

「只今5km経過・・・」良太くんの正確なデータ報告により順調に名古屋市街を快走し、あっという間に名古屋城到着だ。以前と同じく名古屋城築城の立役者「加藤清正公」の前で記念撮影。背後には金鯱輝く名古屋城の天守閣がそびえる。駐車場脇をすり抜け名古屋城の正門へ。それにしても流石名古屋城、観光バスの数がすごーい。

大人500円払って、いざっ名古屋城内へ正門より入場。嬉しいことに子供は無料パスだ。実はこちらに越して来て半年が経過したが、名古屋城を眺めたことは数多かれど入ったのは初めて。正門くぐって、城内の広さにまず驚く。こんなに広かったんだねぇ〜。今日は名古屋城菊花大会が開催されているようで、菊の香りが心地よい。愛知は愛知菊人形というのが有名らしく、正門には「春姫」の菊人形が展示されてました。もちろん金の鯱もいきなり来ます。撮影スポットにも確実におさまっていく良太くん。

正門入ってすぐに天然記念物の樹齢600年以上の「榧の木」があります。藩祖(初代藩士)の義直が大坂の陣に出るにあたって、この実を食前に供したと伝えられているそうです。この名古屋城は、関ヶ原の合戦後1609年に東海道の要所、及び大坂への備えとして清須から名古屋へ遷府し、加藤清正、福島正則、前田利光等北&西国の諸大名たちに築城命じ、1612年に完成した日本を代表する平城です。姫路城、大坂城とあわせ日本3名城と称され「尾張名古屋は城で持つ!」と伊勢音頭でうたわれる程全国的に知られている名城ですね。高さに関しては江戸城、大阪城に及ばないものの、延べ床面積においては2城を凌駕するんです。

天守閣の裏手にはひっそりと、天守閣の礎石があります。昭和34年の天守閣再建の時にこちらに移されたのだそうです。ぐるーっと半周していよいよ「不明門」より小天守閣〜大天守閣の順で進んで行きます。天守閣に入ると、いきなり金の鯱登場です。さすが名古屋のシンボルの金鯱(金鯱には雄雌があり、これは雌の方です)。ちなみに鯱を大棟に掲げることは室町時代から始まったと言われ、当時は火除けの呪いであったものが、後に城主の権力の象徴となっていったそうです。雄鯱の高さは約2.6m、重さ1.3t、18K金板の枚数112枚、金板の厚み0.15mm、金量約45kg。雌は雄より少し小さいのだ。

さすがに名古屋城の大天守閣はデカくて立派です。上り下りの階段が各々専用であるし、大型エレベーター完備です。何せ7F建てですからお年寄りにはエレベーター必須ですよね。城内にはまず最近復元計画が本格的になってきた本丸御殿のふすま絵等が展示されています。戦火より守られたいくつもの国宝や重要文化財が展示されています。有名な竹林豹虎図は展示されていませんでした。資料保全のため展示替えを頻繁にしているようです。良太くんはまず日本刀、火縄銃に興味津々。名刀を眺めながら「痛そう・・・」とつぶやき、とてつもなく長い火縄銃をながめながら「重たそうぉ〜」とささやく。実に現実的な感想でした。お隣のお殿様の食事にも興味津々。鯛の丸焼きやらたいへん豪勢なメニューでした。これにはもちろん笑顔で「美味そう〜!」のコメント。

続いて籠にもくいつきます。「これってお殿様とかお姫様が乗るんだよね。」とパパの好きな水戸黄門から得た情報でどういったものなのかは把握しているようだ。もちろん触れられるものには全て触れて行く。籠にもしっかりと乗ってハイポーズ!城の中ですが、庶民の生活も再現されています。照明が朝〜夜までタイムコントロールされていて、1日が再現されています。兜もいろいろ展示されています。烏帽子型の兜面白いですよねぇ。「兜って何〜?」と聞かれたので説明してやると「なんだぁ〜ヘルメットかぁ〜!」・・・う〜ん確かに。

豪華な鎧も展示されています。鎧や兜、刀に火縄銃と展示はされていますが、やはり名古屋城は江戸幕府が開かれた後の、いわば戦国終焉後に築城された城なだけに比較的戦いに絡んだものの展示は少ない。どちらかと言えば、豪華、栄華という徳川家の力の誇示というか?徳川繁栄の雰囲気を色濃く残した城と言えそうだ。戦国マニアには断然清須城の方が好みだろう。この地では、定番となっている「信長、秀吉、家康」の戦国3英傑の肖像画。この3人がほぼ同時期にここ愛知県に誕生するということはすごいことですね。改めて感心しました。愛知に誕生した英雄の1人加藤清正の掛け声のもと、良太くんも石垣の石曳きに挑戦。ところがこれがすご〜く重い。しばし格闘するも惨敗・・・。
再び金の鯱登場。今度はご丁寧に撮影用金の鯱だ。背後には青空がペイントされており、うまく撮影すれば、さも天空にそびえる金の鯱にまたがっているように写せるらしいのだが・・・。とりあえずはすごく嬉しそうな良太くん。ちなみにこの金の鯱は実物大だそうだ。そして、ようやく天守閣最上階(7F)に到着。平城だけど、広い濃尾平野のど真ん中だけに眺望は素晴らしい。
左写真が名古屋を代表する繁華街の栄方面の眺望。左から3本目の細く尖った建物が栄テレビ塔。右写真がご存知高層ビルが建ち並ぶ名駅方面の眺望。右から名古屋ルーセントタワー、続く2本がJRセントラルタワーズ、そして中部地区で最も背の高い建造物のミッドランドスクエア。名古屋の高層ビルラッシュはまだ続く。まさにプチバブル状態のようだ。すごいねぇ〜。でも、名古屋城の天守閣は外に出れないのが残念ですねぇ〜。眺望も窓枠があるとイマイチかなぁ。外の風を受けたいですよね。でもお土産店は大人気。金の鯱だらけ・・・キラキラして眼がくらっとする〜。キラキラものがホント好きな名古屋人って感じでした。
さぁ〜て天守閣からの眺望も十分楽しめたので階段で降りることに。高所恐怖症の父子は面白半分で下を覗いてしまったからたいへん。う〜ん、吸い込まれそう・・・。正直恐〜い。天守閣前には本丸御殿の礎石が残されています。この本丸御殿とは、初代尾張藩主・徳川義直の住居と藩の政庁として使用されていたもので、その後は将軍が上洛する際の宿館ともなっていたとのことです。二条城の二之丸御殿とならぶ書院造りの双璧だったそうですが、惜しくも太平洋戦争の空襲で焼失してしまい、最近復元を求める声が強まり現実味をおびてきたようです。
大坂城、姫路城、熊本城、松本城、会津若松城、小田原城・・・等々全国のお城は意外とまわっているもんだが、ここ名古屋城はさすが日本3名城だ。規模も雰囲気もその名にふさわしい。平城だからだろうが、名古屋城は城郭に入るとその重厚な姿をお目見えできるのだが、街中からは意外と邪魔が多く見れないのが残念だ。

今やプチバブル状態の名古屋では、高層ビルラッシュ状態が続いており、JRセントラルタワーズ、ミッドランドスクエア、そして栄のオアシス21など新たなるランドマークが続々と誕生してきているが、やはり老若男女問わず名古屋のシンボルと言えば「名古屋城」だ。その証拠に本日もすごい観光客の数だ。「尾張名古屋は城で持つ!」という伊勢音頭の通りである。名古屋と言えば、戦国の英雄たちとトヨタグループですね。戦国も現代も名古屋は元気だ。

城内には、天守閣の勇ましく重厚な姿ばかりでなく、他にもいろいろと面白いものがある。まずは、城造りの天才と呼ばれた加藤清正は名古屋城築城に活躍したといわれている。「清正公の石曳きの像」が残されているがすごく勇ましい姿だ。又、自ら音頭をとってこの巨石を運んだという「清正石」という巨石が石塁に残されている。すごくデカい石で、立派な石がならぶ石塁の中でも、著しく大きい。実際には、この石塁は黒田長政が施行したもので単なる逸話ということらしい。各々の石には小さなマークのようなものが刻まれている。これは石垣の刻紋と呼ばれ、諸大名たちが自分たちが運んだ石を区別するために刻んだ目印だそうです。いろいろなマークがあって気にするとすごく面白いものです。又、二之丸には信長生誕の地とされる「那古野城跡」の碑もあります。「南蛮たたき鉄砲狭間」という鉄砲用の覗き窓がついた防御壁もしっかりと残されています。

名古屋城も戦火からは逃れられず、昭和20年5月の名古屋空襲の際に、大小天守閣、本丸御殿はじめほとんどを焼失したそうです。幸いにして焼失から逃れたのは3つの櫓、3つの門、そして本丸御殿障壁画の大部分は重要文化財として現在に伝え残されています。名古屋の町が灰じんに帰してから10有余年、昭和34年10月に天守閣が再建され、シンボルの金鯱とともに再び市民の前にその姿をお披露目することなりました。まさしく名古屋の顔ですね。

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